真夏の故障機対応 忘れがたい一杯のお茶

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真夏の故障機対応 忘れがたい一杯のお茶


2016年12月16日

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 起業して痛感したエレベーター保守の「業界の壁」と、今までそのビジネスのやり方に慣れてきた、顧客を含めた日本の「文化の壁」にぶち当たっていたころ、私はもう一つ、たいへんな壁にぶち当たっていました。それは「社員との壁」でした。この壁は文化の壁と一続きのもので、毎日接する人たちである分、より切実でした。 


■技術者たちになめられる


  私に対して一番大きな抵抗勢力だったのは、最初に雇った、年かさの経験豊かなエンジニアでした。顧客ゼロの半年を経て、ようやく少しずつ保守契約台数を増やしていくなか、採用も増やしていたころです。私は副社長ですから、社長をサポートしつつ、経営判断も下してそれをチームに伝えます。その際に私が言うことにこのエンジニア1号が反対することが多々ありました。優秀な人物でしたが、ことあるごとに「電機の知識がないやつに、何がわかる」という態度を見せるのです。

  さらに彼は、私が若い女性であることを突いてきます。「女に機械の何がわかる」。エレベーターの仕組みや機械技術、保守の際に必要となる電機技術を一生懸命勉強していた私は「技術のことはちゃんと勉強しています」と言い返すのですが、かたくなになって反論します。

  保守業界は圧倒的に男性が多く、心の中では「女に機械の何がわかる」と思っていた人たちが多かったのでしょう。1号が見せる、私をなめきった態度は、ほかのエンジニアたちに伝染しました。あまつさえ、社長が皆の前で私に対し「俺の言うことを聞け」と高圧的な態度を取ることがあり、それが余計、私を軽んじ、無視する空気を醸成したように思います。

  ほかにも私を攻撃する切り口はありました。一体、私は何度複数のエンジニアから「副社長は中国人だからわからないんです!」と直接的にも間接的にも言われたことでしょう。ですがへたに反論して辞められたら困ると思い、ぐっとこらえて黙っていました。

  信頼感という、社内で一番大事な絆がなかったのです。

  こんなことがありました。あるミーティングのとき、エレベーター保守の現場で、作業後に清掃するかどうかで意見が違ったことがありました。私は清掃が必要だと主張しました。「私たちが提供するのは、故障を直したり、点検したりすることだけではない。サービス業でもある。掃除は基本、お客様からいただく料金のなかに含まれている。作業の後、現場の清掃が必要だ」という趣旨のことを皆の前で言ったのです。この意見にエンジニアたちは反対しました。

  「副社長は何を偉そうに言っているのか。全然、わかっていない。自分たちは修理しに行くんであって、技術を提供しているんだ。掃除じゃない。ここは日本だよ、中国じゃない。日本の習慣、わかっているのか」。また来た。「わかっているつもりです」と流しましたが、この提案は最初なかなか受け入れてもらえませんでした。

  女性社員の一部も、「女だから」という考えに疑いをもたずにいるようでした。営業活動で私と社長は一緒に外を飛び回っていました。外から会社へ戻ると、事務を任せていた女性が「お疲れさまです」といってお茶を出してくれます。これ自体はありがたい心遣いですが、社長だけで、私には出してくれませんでした。

  毎回そうなので、あるとき冗談めいて「なぜ私にはお茶がないのかな」と言いました。「副社長は女だから自分でいれればよいのでは」と彼女が言ったのにはびっくり。さすがにこの後、もう会社へ来なくてもよいと伝えましたが……。 


■行動で示さなきゃ


  自分の会社を人種差別、男女差別する場所にはしない――。ふつふつとその思いが強くなっていきました。そのためには、私も自らの姿勢を変える必要がありました。周りの環境になじもうと、いろいろなことに努力しました。 

 女であることや中国人であることは、変えることができません。だから技術の「門外漢」であることを克服しようと、たくさんの本や資料を読み込み、実際に保守の現場に同行しました。エンジニアたちが何をするのか、一つも見逃さないようにしました。煙たがれても、現場と、そこで使われる技術に詳しくなりたい一心でした。副社長として、3K(きつい、汚い、危険)の業界に生きる「荒くれ男」たちを率いないといけない。それは私にとって非常に難しいチャレンジでした。

  営業に行くときに女だからと見下されないよう、黒や灰色のスーツばかりそろえ、男っぽい雰囲気を出すようにしました。「女は技術がわからない」という偏見を和らげるためです。中から資料を取り出すときなどきちんと見えるように、男性が持つような重いかばんを持ち歩きました。実際、落ち着いた雰囲気を出すと営業先から信頼してもらえることもありました。

  そして、言葉遣いやイントネーションに注意し、日本人の話すような自然な標準語を心がけました。標準語を話すネーティブ日本人は気付かないかもしれませんが、私が感じるに、日本語は語尾が多く下がります。声に出してみてください。相手の話に相づちを打つ「そうですか」は、語尾が下がります。私が言うと、語尾が上がってしまいます。人によってはなんだかきつく聞こえるかもしれません。低めの声で、落ち着きある日本語を繰り返し練習しました。

  営業活動に汗を流し、そのかいあって、「馬さんだから契約したい」と言ってくださるビルのオーナーさんたちが増えてきました。電話だけでも「馬さんと話すと楽しい」とか「面白い」とか言ってくださるのです。  都心から離れ、千葉県や神奈川県の方へ足を伸ばし、オーナーさんに会いに行くと、近所を車で回って案内してくれたり、「ここの産物だから」と手土産をもたせてくれたりするのです。世の中にはなんて親切な、温かい人たちがいるんだろうと感激しました。同時に、私の会社が提供する安価な保守サービスへのニーズは高く、確かに必要とされているんだと再認識しました。「エレベーター保守契約はメーカー系列の会社と結ぶ」のが当たり前だという常識を変えて、ほかにも選択肢があるんだということをもっと多くの人にわかってもらいたい思いが募っていきました。 


■エレベーター異音で必死の修理


  真夏の日でした。あるオーナーから「エレベーターが故障した。すぐ来てくれませんか」と連絡がありました。10階くらいのビルで、所有するのは老夫婦です。なんでも、異音がするというのです。

  出動依頼をしようと見渡すと、技術者は一人を除いてすべて出払っていました。その一人は、電機系の専門学校を卒業したての若くて未熟な技術者でした。彼は独り立ちしていない。私が同行しなくてはと思い、一緒に現場へ赴きました。

  老夫婦は私が自ら出向いたことにとても喜んでくださいました。「暑いでしょう。お茶をいれてお待ちしています」と言われました。故障時は1分1秒を争います。あいさつもそこそこに、故障機のチェックを始めました。異音がどこからくるのか、エレベーターのかごの内外を調べないといけません。

  エレベーターのかごが上下しながら動く、ビル内を貫く空間を昇降路といいます。真っ暗で狭く、当然ながら人が通らないので空調などありません。その中は、体感ではセ氏50度くらいに感じられました。

  想像してみてください。ふだんお使いのエレベーターの中で真夏、真っ暗で空調もなく、時間的プレッシャーのある状況下で何かの作業を強いられているあなた自身。うまくいかないのでかごの外に出て、昇降路ぞいにさらに狭く、暗い足場で手掛かりのないままライトを頼りに作業をする。下では、今か今かとあなたのお客さんが解決を待っています。

  それが私たちの状況でした。2人で昇降路へ出て、かごの天井に乗り、小さなライトで手元を照らしながら手動スイッチでエレベーターのかごを細かく上下させる危険な作業を始めました。かごの上は2人が立ってやっとという狭さ。

  異音がどこから生じているのか若手技術者と必死になって調べ、必要と思われる箇所にオイルを差し、音が再現するか試すのですが、なかなか音は消えません。息苦しさと暑さで、私たちはだんだん疲弊していきました。なにしろ暑いので、汗がとめどなくしたたり落ちます。私は普通のビジネススーツでしたが、服が体に張り付き、まるで服を着たままシャワーを浴びているような格好になりました。技術者は作業服なのでなおさらです。

  1時間くらい原因を探っていましたが、ついに技術者が「副社長、あきらめましょう」と音を上げました。「暑くて、もうだめです。原因はわかりません。無理です」とほとんど涙声です。この暑さ、そして何をしてもうまくいかないいら立ちと焦り。彼のつらさは、私のつらさでもありました。今すぐ降りてしまいたい。私も泣きたくなりました。今すぐ、冷たいお茶が飲みたい。

  ですがこのまま異音が解消しなければ別の対策を考え出すまでエレベーターは使うことができません。このビルの住人に不便を強いることになります。それと、お茶をいただくなら、直してからの方がもっといい。「もう少し、もう少しだけ待って。このままでは降りられない」と彼を説得してあとちょっと、あとちょっとと、粘りました。

  この老夫婦は私が開拓したお客さんでした。契約を結ぶとき私は「困ったことがあったら、任せてください」と胸を張ったのでした。そんな言葉を言っておきながら、「できません」と降りるわけにいかなかったのです。彼らをがっかりさせたうえ、信頼を裏切ることになる。私自身の無力さに、きっと自分で自分を許せなくなる。一方、この思いに、若手を無理に付き合わせているという葛藤も生じました。

  汗まみれでの異音との格闘はどのくらい続いたでしょうか。オイルを何カ所かに差したうちの一カ所に、別の角度からほんの一滴たらしたときです。「音が消えた!」。うそのように音がしなくなったのです! 脱力しました。押してダメなら引いてみる――。違う角度から試したことが奏功したわけです。 


■一杯のお茶のありがたさ


  私たちは降りていき、異音が消えたと老夫婦に告げると、彼らはほほ笑んで、とても喜びました。「ありがとうございました、たいへんお疲れさまでした。暑かったでしょう、どうぞ」とお茶をすすめてくれました。

  ああ、その出された冷たいお茶がなんとさわやかでおいしかったこと! 汗とオイルでびしょびしょの体に、深くしみわたっていきました。このときの一杯のお茶ほどおいしいと思ったものはかつてありません。ありがたくて、涙がこぼれそうでした。

  ただの一杯ではありません。そのお茶が私に話しかけたのはこうでした。「この暑いなか、よく頑張りましたね。あなたがたのやっていることは正しいのです。次回もこの調子で、続けてください」。真剣勝負へのご褒美として、勇気づけてくれたのです。

  このお茶は本当においしいと私が何度も言ったので、老夫婦はさらに笑顔になりました。そして、言ってくださったのです。「東京エレベーターさんに任せて、よかった」

  技術者と2人であれやこれや話しながら電車で帰途についたのですが、若い彼は「副社長、すごいっす」と感動しきりのようでした。はじけるような笑顔を見せて言いました。「あの一杯のお茶は、本当においしかったですね。お金で買えない」。そして続けました。「最高の仕事でした」

 ◇     ◇ 

 困っている人を助けた充実感、難題を克服した達成感で、私は満たされていました。誰かが私の助けを必要としている。私を信頼して助けを求めている人を自分の力で助けられたときに感謝されること。そのことに対して、逆に、私にこのような機会を与えてくださりありがとうございますというわき上がる感謝の気持ち。社員と達成感を共有する喜び……。一杯のお茶は、たくさんのことを教えてくれました。この老夫婦のビルのエレベーターは以来、一度も故障せず動いています。

  少しずつですが、社員の私を見る目に小さな変化が表れるようになりました。徐々に受け入れてもらえるサインも感じるようになりました。

  それでもまだ乗り越えなければならない壁があります。多くの人が宿している常識という壁です。私はもっと人々のニーズに応えたいとの気持ちから、壁を越えるために考え続けていたことがありました。それは次回に。


読者からのコメント


30歳代男性
馬社長の凄まじい努力は本当に尊敬します。しかし、女性社員がお茶を出してくれないからという理由で、その後もう来なくてよいと伝えたというところには違和感を感じました。日本の悪しき習慣で、女性が男性にお茶を出すものという考えが一般的になっています。それを理解した上で、その社員に対し、性別は関係なく、お茶を出すという業務を理解してもらえなかったのでしょうか。ブログの内容を見た限りでは、気に入らなければ辞めてもらうという姿勢を感じました。これでは、外国人だから、女性だからとは関係なく、日本社会では角が立ってしまうと思います。

昌美さん、50歳代女性
毎回、楽しみに拝読しております。どんな組織でも、心を一つにする事は至難です。ましてや、サービス業ともなると、社訓が必要だったのではないでしょうか? 私も若い時に、日本の上場企業で働きましたが、「男が上で、女が下」と言う社風はありました。技術者はとてもプライドが高いので、副社長が若い中国女性と言う事も気に入らなかったのでしょう。私も、お掃除までが修理の一貫だと思います。とにかく、新しく立ち上げた会社にとって「信用」を築き上げる事が第一です。エレベーターの修理も諦めずに、信用を築き上げて良かったと思いました。こう言う事が口コミで拡がり、信用が信用を呼ぶのです。会社側としては、優秀な人材が欲しいですね。次回も、自分の体験と重ね合わせて読ませていただきたいと思います。

50歳代女性

読ませていただいて、凄いなぁと、涙がでそうになりました。凄い努力と、真剣さ、誠実さが伝わってきました!毎回、凄いと、感心させられることばかりです。いつも、良い学びをありがとうございます。

堺谷光孝さん、60歳代男性
社員との壁は大変でしたね。若い女性で中国人である、というハンデは確かに、ベテランの電機技術者から見れば、「こんな人に技術が分かるもんか」と見下したい気持ちが先行して、馬さんの指示に従うどころか、軽んじようとしたのですね。とんでもない男尊女卑の雰囲気のなかで、馬さんが社員に一目おかれるようになるまでは、人知れぬ努力を積み重ねられたと推察します。また、故障したエレベーターの修理に精魂傾けた苦労と突破力には感動しました。壁を乗り越えて活躍されている馬さんは素晴らしい経営者です。尊敬したいですね

倉橋 博隆さん、60歳代男性
馬社長さま こんにちは ひろです! 社長さまの凄まじいまでの、生き方をはじめて拝読させていただきました! 一言一句に正に、elevator管理の特殊性、劣悪な環境にも拘わらず、生死を掛けるが如くのこの素晴らしい熱血漢溢れる、仕事への情熱が伝わってまいりますよ!! 筆舌に尽くし難いものです。 本当に企業戦士のかがみとなるべきお方です!! 日本語も日本人以上に話されるなんて、本当に努力、なさったんですね。 そこはかとなく、涙が頬を伝って流れて参りました  奇跡の素晴らしい出会いに感謝です!! いつか、お逢いしたいですね  ありがとうございます                  合掌

高畑利弘さん、60歳代男性
今回は「社員の壁」、ベテラン職人のへんなプライドは日本職人の伝統なんですよね!昔から仕事を盗んで覚える習慣だったのです。会議で修理のあとの清掃は顧客満足の必要事項です。さすがに目のつけどころが違いますね。 真夏の修理依頼に新人社員と二人でエレベーターの昇降路での悪戦苦闘はすごいですね!ビジネススーツのびしょぬれの映像が浮かびます。諦める事なく無事故障を直せた事は達成感が社員と共有できて、壁が崩れていきました。 修理が終わって頂いた一杯のお茶からのメッセージは著者の豊かな感性の言葉で感動しました。

40歳代男性
凄いの一言につきますね。 ブログの苛烈な内容に毎回驚かされていましたが、今回は馬さんがなぜ起業に成功したのかが良く分かる内容でした。起業に成功する人は、やはり共通点がありますね。これからのご活躍も楽しみにしています。