精神的な豊かさを求め始めた中国人

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精神的な豊かさを求め始めた中国人

2016年01月15日

 
 私は絵を見るのが好きです。絵を見に行ったり、画廊を訪れてそこの人と話したり。いい絵を見ていると何時間でも過ごせます。画家の人生、絵の描かれ方や季節とか。想像力がかき立てられるのです。実は私は、早稲田大学で法律を勉強しながら、学芸員の資格を取るために絵についても4年間、勉強していました。  

 最近、中国人の興味が美術品や骨とう品に向かっているのをご存じでしょうか。去年秋、イタリア出身の画家モディリアーニの裸婦の絵が史上2番目の額で落札されたというニュースがありました。落札したのは中国人といいます。  前回、中国の「競争文化」についてお話ししました。今回は中国の文化的な側面についてお話ししようと思います。  

 先日、画廊に行き、オーナーと話していたら2人の中国人が入ってきました。そのうち1人が、日本人が描いた絵とともに、絵に対する日本人の扱い方、額装、かけ方含めて素晴らしいとほめているのです。興味を覚えてその人に話しかけました。すると「日本の油絵を高島屋で買った。別荘を持っているから、そこに飾りたい」とのこと。彼いわく、中国では、持ち家に美術品を飾って個性を出すようになっているそうです。彼の友人たちも同じように、部屋に絵を飾り始めているとか。人々が文化に対して持つ興味が強くなっていると同時に、自分を表現しようという欲求も出始めているのだと感じました。  

 こうした動きに、私自身、今まで持っていた中国人のイメージと違うと感じています。一般に、ご飯を食べる、仕事へ行く、そうした日々の生活に忙しく、その中に絵なんかありませんでした。絵を見る、めでる人がいることを、あまり聞いたこともなかったのです。

■物質から精神の世界へ

 
 「白い猫でも黒い猫でも、ネズミを捕る猫が良い猫だ」。鄧小平氏の言葉で有名な中国の改革開放路線は1982年に本格的にスタートしました。それ以来、中国で多くの人が、経済改革路線にのって自分でビジネスを始めたのです。
 
 それまで国有企業に勤めていた、能力とやる気のある人が、「商売していい」と言われ、前に踏み出したのです。保障されていた給料や年金を捨てても、家族に反対されてもです。改革前は多くが国有企業に勤めていたことを考えると、本当に大きな変化でした。
 
 自由を求めてスタートした人たちにとって、チャンスはいっぱいありました。未成熟の大きな中国ですから、今でもたくさんチャンスはあります。成功している人はどんどん増えています。人は物質的に余裕ができ、成功すると次は精神の世界にいくのだと思います。
 
 自らのお金をはたいて好きな絵を購入する人にとって、その絵は人生の結晶のようなものです。どういう人生を生きてきたのか、どんな美の意識があるのか、どんな文化の影響を受けたか……。それらがみんな表れる。まさに、個性の発露です。
 
 株や不動産投資にいそしんでもバブルがはじければ価値は急減します。そういうものより、自分の子孫に受け継いでいけるものを持っていた方がいい――。改革開放路線の開始から34~35年くらいたち、成功者になった人たちの考え方が成熟してきたと、私は見ています。
 
 こうした歴史を経て今起こっている美術品ブーム。私は、一時的なものではないと思います。


■文化の浸透が変化起こす

 
 中国の伝統的な絵画には山水画、水墨画、花鳥画があります。仙人や美女を描く人物画も人気があるようです。最近は、風景画や山水画で有名な画家の李可染が話題になりました。以前から著名な人ですが、去年のオークションでさらに注目を浴びました。ある人が30年ほど前に1500円程度で買った李可染の絵がなんと200億円で落札されたのです。価値がこんなにも上がったことに、びっくりしました。まるで現代のゴッホです。
 
 オークションも活発です。10年くらい前は、オークションを運営する会社は、有名な、値の張る絵を中心に売買していました。今は、値段が安いもの、価値がないと思われているものを仕入れて頻繁にオークションを開催しています。買う側からみれば楽しみが身近になった一方で、偽物は出品されるし、自分の知識が問われるところです。中国の美術市場は、大きなビジネスポテンシャルを秘めていると思います。
 
 中国の歴史を知っている方はお分かりかもしれませんが、文化大革命(「文革」といわれる60年代後半~77年にあった改革運動)のとき、骨とう品や絵は焼かれました。それまでの伝統文化は壊されたのです。文革が終わっても、伝統文化を高めることはおろか興味を持つこと自体、改革開放の時代が訪れるまで許されない雰囲気がありました。
 
 人々はその後、自らの伝統文化が一体どういうものか、分からなくなる状態に陥りました。しかし、ここにきて、ようやく伝統文化が復活しつつあります。
 
 中国の教育省という、日本の文部科学省に相当する機関が、伝統文化について小学校から教育する方針を立てました。それを受けて小学校では、10年前からさまざまなカリキュラムを授業に取り入れています。思想、文字、言葉、六芸(りくげい。礼儀作法や音楽など)があります。具体的には民族教育、書道、曲芸、将棋、絵などを指し、大学まで行われます。私自身の小学校時代を振り返れば、昔から書道や音楽のクラスはありました。でも将棋の打ち方を教わったことはありません。子供たちが勉強すれば親も興味を持つわけで、これからもっと浸透していくでしょう。
 
 絵を楽しむのは年配者というイメージがありますがそうではありません。自分で商売を興した20歳代、30歳代の若者も絵を楽しんでいるのです。「ビジネスで富と雇用を生み出して社会に貢献している」と自信をつけている層が台頭しています。こうした人々は老若を問わず、教養もあるし、文化に対する感受性が高い。彼らが核となり社会を先導して、その他大勢の生活に変化を起こしていると私は思います。
 
 中国の人口は13億5000万人。その中で物質的、精神的に豊かになった人がたとえば1億人いるとしたら、この1億が社会現象を起こしていくんです。
 
 私はブログの初回で「新しい文化をつくる」と書きました。ビジネスの世界でも同じように、文化が浸透すればそれまでの商習慣や概念は変わっていく。そう信じています。
 

読者からのコメント


泉野普久さん、60歳代男性
この話はワクワクする話ですね。一枚の絵にあこがれてしまう経験はいまでもあります。その絵を買うために一生懸命に働く。自分の魂に響いたその絵の背景を探求する。一方でその絵を奪い、破壊し、焼き払うことにも思いをはせることがあります。豊かさを作り、平和を守り、そのために自由を保障するつとめを果たさなくてはなりません。父は震災の時に仏様をせをって逃げて祖母に褒められたと言ってました。私は会社の整理の時に一枚の水墨画を中国の友人に貰ってもらいました。ほんの10年の話です。最近彼があれを返すよというのです。とんでもない値段になってるって。書斎の一番好きな場所にかけてあるのを知ってます。だから僕は永遠に君に預けておくよと言ってあります。その代り僕は仏様を退蔵してます。いい顔をしてるんですよ。心が教養が社会を保ち明るくするというのはいいですよね。

小倉摯門さん、60歳代男性
今回は広深永で秀逸で壮大な中国論ですね。就中、馬さんが表現された「未成熟の大きな中国」と云う認識が真に広深永で「質と量のずれ」を際立たせ、中国の核心を突いていると思う。然し、日中には国内夫々に、狭浅短な構えの集団や目論見塗れ(精一杯善く言って“部分最適”型)の集団が蠢き中国の実像を歪めている。中国の数値的な大きさに囚われ虎の威を借り非数値的な未成熟さを忘れる一団があれば、あるいは既存秩序への脅威だと鳴らし軍事的ハードウェアを強化する一団もある。逆に、その未成熟さに囚われて大きさを忘れて中国を侮る一団もいる。文化的にも経済的にも地域差と個人差が大きいのに、中国の多面性を短絡的に一括りにするから間違えるのでしょう。まあ、習近平主席の統治能力に期待はするが、毛沢東原理主義的な厚黒学の流布やシナ海各地の一方的かつ覇権的暴走には孟子訓「天の時<地の利<人の和」の文化的抑止力を発揮して欲しいものです。

嘆きの60歳さん、60歳代男性
各国その国の発展進度が異なる。それがその国の歴史と言うモノである。日本も土地に始まり絵画、骨董品等所謂バブル期があり企業から個人まで動産、不動産をを買い漁った。世界の宝はその時の金満国家に集まる。勢いが衰えたら又、安値で買戻し元気になれば又売りに出す。これが商売の原則です。胡錦濤政権時代所得倍増論が展開され、毎年10%以上の賃上げが実行された。当時500RMBの最低保障給が現在2500RMBまでになっている。これは工場の工員の賃金である。成功した人は更に高い給料をもらっている上、RMBの価値も上がっているので金満家は高い買値でオークションで競り落とす。人間は国に関係なく同じ様な事をするものです。又その行動は、共産主義、民主主義と言う思想、主義には関係がないのである。人間の持つ愚かしさの表れである。40歳代女性経済発展による中間層の出現。高島屋で絵が買えるのは、きっと農村部の方じゃない。想像ですが。つい最近このブログに出会いました。少し違和感を覚えました。中国資本の9割が人口の1割程で占められているとか。格差が広がっているのではないですか。だから毛沢東の巨大立像が作られたりするのでは。上海には物乞いがいます。私の父が実際に出会ってます。高橋和夫教授の著書には上海の物乞いの写真あります。父は100円入れようとしたら、地元の案内人に怒られたそうです。全員付いてくるから禁止!絵画を愛でる余裕が1億人しかいないなら、それが13億になるのに時間がかかるでしょう。中国は広いし、馬社長が全てを把握するのは難しい。周囲の変化について書き記しているのだと思います。でも私には、ガス、電気、水道もない農村の病気の老婆が忘れられません。確かに昔に比べたら貧しくないし、精神的な余裕もでてきた。でも1億だけじゃなくもっと広い目で書いて欲しい気もします。